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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)447号 判決 1987年8月05日

本籍及び住居

東京都東大和市芋窪五丁目一一四七番地の一

会社役員

清野芳明

昭和一〇年一一月一五日生

本籍

東京都世田谷区世田谷一丁目三一一番地

住居

埼玉県草加市栄町二丁目一一番一一号

団体職員

横溝玄象こと横溝富男

昭和八年三月一二生

右両名に対する各相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同千田恵介出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人清野芳明を懲役一年二月及び罰金三八〇〇万円に、被告人横溝富男を懲役八月にそれぞれ処する。被告人清野芳明においてその罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人清野芳明に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人清野芳明は、東京都東大和市芋窪五丁目一一四七番地の一に居住し、同市内において運送会社及び倉庫会社を経営していたところ、実父清野喜由(以下「喜由」という。)の死亡(昭和五九年八月一八日)により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であり、被告人横溝富男は、かねて被告人清野から同被告人らが納付すべき相続税を免れることについて相談を受けていた者であるが、被告人両名は、共謀の上、喜由を連帯保証人とする架空の連帯保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により被告人清野の相続税を免れようと企て、昭和六〇年二月一五日、同都立川市高松町二丁目二六番一二号所在の所轄立川税務署において、同税務署長に対し、喜由の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は七億四九〇万五〇〇〇円で、このうち被告人清野分の正規の課税価格は五億六六〇〇万九〇〇〇円であった(別紙(1)相続財産の内訳及び別紙(2)ほ脱相続税額計算書参照)のにかかわらず、喜由には株式会社一藤に対する三億五〇〇〇万円の連帯保証債務があり、このうち三億四〇〇〇万円を被告人清野において負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれを控除すると相続人全員分の相続税課税価格は三億六五九〇万六〇〇〇円で、被告人清野分の課税価格は二億二七〇〇万九〇〇〇円となり、これに対する同被告人分の相続税額は九六五四万八二〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六二年押第四四二号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同被告人の正規の相続税額二億三四七二万九六〇〇円と右申告税額との差額一億三八一八万一四〇〇円(別紙(2)ほ脱相続税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人清野(三通)及び同横溝(二通)の検察官に対する各供述調書

一  粕谷豊(二通)、木村勝宣(二通)、加藤和男(二通)、佐藤庄司、依田浩美、清野禎子、渡邊恒子、細渕和子、清野光利及び消野幸夫の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の保証債務調査書及び借入金調査書

一  押収してある相続税の申告書一袋(昭和六二年押第四四二号の1)及び遺産分割協議書一袋(同押号の2)

(法令の適用)

一  罰条

1  被告人清野

刑法六〇条、相続税法六八条一、二項

2  被告人横溝

刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項

二  刑種の選択

1  被告人清野

懲役刑及び罰金刑の併科

2  被告人横溝

懲役刑を選択

三  労役場留置

刑法一八条

四  刑の執行猶予

被告人清野の懲役刑につき刑法二五条一項

(量刑の事情)

被告人横溝は、昭和五五年ころから「同和対策新風会埼玉県連合会会長」、その後、同六〇年春ころから「全国新同和連合会埼玉県連合会会長」等と称して、中小企業者からの融資相談を受けて金融機関と析衝し、その融資額の約一〇パーセントを報酬として得たり、納税者の納税申告等に介入してこれを請負うことなどを業とし、その一環として本件犯行に及んだものである。

本件のほ脱税額は、一億三八一八万円余と高額であるうえ、ほ脱率も約五八・八パーセントと高率である。しかも、その手口は、相続税法一三条の規定を悪用し、架空の連帯保証債務を計上し、それを裏付けるものとして虚偽の金銭消費貸借契約証書、連帯保証人が弁済した旨の証明書、求償権の行使不能確認書をねつ造する一方、税務署に対しては同和団体の勢威を背景に申告するなど大胆かつ巧妙なものであって、その態様は悪質である。

被告人個別の情状をみるに、被告人横溝は、税金を少なく済ませたいとする納税義務者の心理に乗じて、多額の報酬(本件では九七〇〇万円余を受領している。)を目的として本件を請負い、かつ前記のような脱税手段を考案し、犯行を主導的に実行したもので、租税秩序に対する積極的妨害という観点からは、納税義務者たる被告人清野と比較して一層悪質である。加えて、前記のとおり、本件犯行は、他人の納税申告に介入すること等を業としていた被告人横溝の脱税関与の一環として敢行されたことが窺われること等をも併せ考慮すると、被告人横溝の刑事責任は重いといわなければならない。したがって、被告人横溝は、被告人清野に対し、同被告人から受領した報酬額を上回る九九五〇万円を返還したほか、起訴されていない同種事犯の報酬についても各納税義務者に返還したこと、本件犯行を素直に認め、反省の態度を表わしていること、所属していた同和団体から脱退し、今後は本件のような行為を行わない旨誓っていること、今後は地道な生活をして空手の指導を通して青少年の健全育成に寄与したいと考えていること、これまで前科前歴がないことなど被告人横溝に有利な事情を最大限斟酌しても、前記刑事責任の重大性に鑑み、主文程度の実刑はやむを得ないと判断した。

また、被告人清野については、本件全体の脱税方法を考案し、その大半を実行に移したのは被告人横溝であるとしても、納税義務者は被告人清野であり、同被告人が脱税を依頼しなければ本件は成り立ち得なかったのみならず、脱税の具体的方法を告げられた後も脱税の依頼を撤回することなく、かえって被告人横溝の脱税の発覚防止工作に協力するなど、その関与の程度も小さくなかったことを考慮すると、同被告人と共謀して本件犯行に及んだ被告人清野の責任も軽視できないといわなければならない。しかしながら、同被告人は、本件犯行において、被告人横溝に比較して従的立場にあり、同被告人の手数料稼ぎに利用されたとの面も存すること、本件を反省し、修正申告のうえ、本税のみならず付帯する税も完納したこと。これまで真面目に働き、前科前歴もないことなど有利な事情も認められるので、これらを総合考慮して、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。

(求刑 被告人清野につき懲役一年二月及び罰金四五〇〇万円、被告人横溝につき懲役一年二月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木浩美)

別紙(1)

相続財産の内訳

昭和59年8月18日

清野芳明

<省略>

別紙(2)

ほ脱相続税額計算額

納税者 清野芳明

<省略>

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